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横浜市北倫理法人会

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2007年12月24日月曜日

12月22日第533回横浜市北07年最後のMS



おはようございます。荻原です。本年最後のMS報告をさせて頂きます。本朝は、34社35名のご出席でした。ありがとうございました。来年は、1月12日からで2週間のお休みとなります。今朝は、神奈川県倫理法人会の会長であり、アシストクルー株式会社 代表取締役 長嶋徹様のご出席を頂き、『随縁』と題する講話を頂きました。



いつもの役員朝礼です。


本日の式次第


進行は、久木田亘会員です。今日は、二十四節気の冬至ですね。


開会を待つ会場


ただいまより、・・・はじめます


朝の挨拶。松沢美智子幹事。ハイの声がはっきりして大きいです。


会長挨拶。岩谷武博会長。

今日は冬至なので夜が一番長い。これから段々朝が早くなってくる。最近いやなニュースが多いが、横北は楽しくをモットーにホッとする空間となっているのではないか。会長になって四ヶ月だが、だからなんとかやっていけているのかなと思う。忘年会の写真をもらった。一番前の真ん中に常念相談役がど~んと座っている(笑)。 サミットとかで、写真を撮る時に誰が真ん中になるかは決まっていない。会場から庭に出てくる流れの中で、席順が決まってくるらしい。日本人では真ん中に写ったのは中曽根さんだけ。参加している人のエネルギーが席順に現れてくるらしい。そうなると私はまだ常念前会長の影になっている(笑)。来年はそうならないように頑張って行きたいと思います(笑)。今朝は、長嶋会長の講話。長嶋会長の人柄をしればまた県の行事にも参加しようという気持ちになるのではないかと思う。



会員三分間スピーチ。坂大嘉一幹事。


長嶋会長とは、ダスキンの関係で知っている。神奈川県下1番の加盟店。長嶋会長の代で大きくなった。


講話。神奈川県倫理法人会会長。アシストクルー株式会社 代表取締役 長嶋徹様 題は、「随縁」。宜しくお願いします。


随縁という題は、来年の賀詞交換会で講演して頂ける境野先生から頂いた。境野先生は、栄光学園に勤めていたが、心の勉強をしなくてはとの思いから、退職して大磯で塾を開いた。当初苦労した。その頃、酒を飲みながら勉強させて頂いた。随縁は、掛け軸の言葉。私たちは、縁に生かされて生きている。縁側という言葉から始まる。縁側は、外でも内でもない空間。そこで情報交換がなされたり付き合いが広がって行ったりした。

縁を大事にする事。縁があるところに積極的に出て行く事。私は生まれも育ちも大磯。明治27年に伊藤博文公が別荘を建てた。それ以来、大磯には政治家が別荘を建てた。そこから祖父が横浜へ出て西洋洗濯を勉強した。私は三代目で私の代で一般のクリーニングは止めてしまった。趣味は、40年続いているサーフィン。5年程前から始めた札所巡り。高校三年の時に、ベトナム帰りの米軍兵が使っていたサーフボードを見て、教えてもらい先輩と一緒に作ったのが始まり。今は趣味が中心の生活をしている。朝暗いうちから起き出して波の様子をみて、波が良ければ仕事をしないでサーフィンをしてしまう。



サーフィンが好きで大学も中退となってしまったが、その頃から父がダスキンのモップなどを洗濯する仕事を請け負うことになり、自分が担当する事となった。そこでダスキンの祈りの経営という理念に触れた。一生かかって理解するようなものと理解している。倫理との出会いは、37歳の時。39歳の時に大きな壁にぶつかったときに栞を良く読むようになった。思いの力は、必ず成就する。思い続けるという事でその通りになるのでは。サーフィンをしていると波の周期が体に感じるし、四次元の世界。ボードに乗っている時間は、見ているとあっと言う間かもしれないが、乗っている本人はその何倍も長い時間と感ずる。スポーツもいろいろあるが、そんな感覚はサーフィンだけ。


自然界には必ず周期があると思う。波もそう。気学を勉強している。小田原の倫理法人会の仲間から声を掛けられて。気学もリズム。三つの言葉から表される。1)変易 2)不易 3)簡易 その組み合わせの中で起こる。10年で一回りする天の力。私の場合は、5年毎に変化が起こった。29歳の時に父が急逝。34歳の時にダイキンドーナツの店をだした。39歳のとき、人材が育っていないで問題が起こってきたり、サーフィンもしていて家庭は第三位くらいの位置だった。家庭に問題が起こってきた。40代になって精神の修養をしなくてはと思うようになった。写経を始めた。その頃くらいから、自分から5年毎に変化をつけていこうと思うようになった。


連絡事項 荻原潔副専任幹事。



松原慶子専任幹事より。1月12日には、決意表明を考えて来て下さい。用紙を今日配布しました。




研修委員会より松沢委員長


来月度の役割分担の連絡。石井事務長


誓いの言葉。森山弘文幹事。


地下に移って食事会です。食後、松原専任幹事がコーヒーサービスをして下さいました。感謝!


皆様とは、二週間のお別れです。12日は、新年式ですからどうぞお誘い合わせの上、お越し下さい。お待ちしております。

2007年12月17日月曜日

第532回横浜市北倫理法人会経営者モーニングセミナー




皆さん、お元気ですか? 右城です。平成19年12月15日(土)第532回横浜市北倫理法人会経営者モーニングセミナーのご報告です。本日の講話者は、女性好男子、じゃ無かった、女性講談師、神田昌味様です。昔は、講釈師ともいったそうですが、かのNHKが講談師と呼ぶことに統一したそうです。では、参りましょう。







役員朝礼。きょうは、明るく撮れました。




受付風景。男性しか写っていませんが、左に、甲斐さんがいます。





本日の進行表です。





本日の進行は、久木田会員です。





朝の挨拶は、松沢美智子幹事。




会長挨拶は、相談役Aの常念隆章相談役。ゴルフに関するお話でしたが、かなり危ない内容でしたので、報告者がぴー音で、自粛です。





三分間スピーチは、本日の講師をご紹介いただいた、高橋幸子幹事。神田様のプロフィールをご紹介いただきました。お子さんが2人、そして、3人目が、おなかの中だそうです。餃子の町宇都宮の出身。高校の演劇部で、女優を目指していました。






本日の講話者は、女性講談師、神田昌味(まさみ)様。テーマは「講談師としての生き方」です。お名前の意味は、日に日に味が出る、だそうです。高三17歳の夏、講談も浪曲も区別がつかない時に、二代目神田山陽師の「牡丹灯篭」で初めて講談に出会ったそうです。ショックでした。「声が身体にぶつかってくる!」「何だこれは?」「やりたい!」。交通事故にあったようなもので、早速入門を願い出たところ、来るもの拒まず、去る者追わず、の師匠は、「高校を卒業しておいで」、と言われ、それでも、卒業式の1ヶ月前に上京、弟子入りを果たしました。最初に習うのが、「修羅場」と呼ばれる、独特の口調。ここで、「修羅場」の一場面を聞かせていただきました。本牧亭最後の1年間、修行をさせてもらいました。「空板」という、壁を前に一人で練習。高座にあがっても、お客さんは、ラジオ、新聞相手の人がいたり。中には向こうを向いて昼寝をする人までいて。ある日、むっくり起き上がるので、やった、聞いてくれる、と思ったら、「うるせぇ、寝てられねぇじゃねぇか!」と言われた。二つ目になると、時間はあるが、家賃が払えない。いろいろな人に助けられた。そのうち、呼んでくれる人が出てきたりして、「昌味を味わう会」なども開いてもらった。電化製品、家具などは、壊れると誰かがくれるといったことがよくあった。そのうちに、会場に来たお客さんはみんな自分のお客様、と思えるようになったとき、姉弟子から、「ここに来ているお客さんはみんなあなたのお客さんというわけではない。」といわれた。平成11年に真打ちに昇格。ある方から、手紙が来て、「もうあなたを応援しないから一人で頑張って。これからは若手を応援するから。」ショックでした。が、負けるもんかという気持ちも出てきて、切り抜けた。
30歳になって、結婚したいと思うようになり、良縁を得て、宇都宮よりももっと田舎(電気はあるが、水がない、テレビ、携帯は電波がない)に引っ込むことになった。風呂も満足に入れない生活を始め、水のありがたさを改めて知りました。最近は、「ハッピー貧乏」を信条に暮らしています。井上ゆういちさんの「貧」という書に出会い、「質素・自然に生きるこれ貧なり」と知りました。これをたずさえて生きていこうと思います。







連絡事項は、荻原 潔副専任幹事。




まずゲストのご紹介。川崎区準倫理法人会頼経健治会長。先週に続いて、2回目の樋口正則様。初めての、高橋典子様。写真を撮りそこないましたが、半横北会員、朝比奈 直樹様。




委員会等からの連絡。甲斐貴和子幹事、岩谷会長、松沢美智子幹事、松原慶子専任幹事、川崎区準倫理法人会頼経健治会長。





誓いの言葉、月山 裕幹事。




食事の写真は話に夢中で撮り忘れました。すみません。
ではまた。

2007年12月14日金曜日

12月12日横北忘年会 花いおり様にて



12月12日横浜市北倫理法人会の忘年会が、花いおり様にて開催されました。あっという間の二時間半。おいしいお酒とお食事、素晴らしい仲間との会話を楽しんだ会でした。
何名の出席?32名?記念写真の人数を数えてみてくださいますか。報告は荻原。写真は、朝比奈スペシャルゲストです。ありがとうございます。



二列に分かれてお食事会でしたが、いつの間にか宴会に。あちらこちらで笑い声が上がっていました。




最後は、万歳三唱、一本締めでした。


司会の森山幹事と甲斐幹事。楽しい企画をありがとうございました。


それでは、皆様の感想をお待ちしております。

2007年12月9日日曜日

第531回 横浜市北倫理法人会MS



2007年12月8日土曜日。おはようございます。副専任幹事の荻原です。今朝の講話は、常識では理解できないすごすぎる実践報告でした。倫理研究所法人局 小林桂子参事です。最初は熱心にメモをとっていたのですが途中から止めて聴くことに集中してしまいました。講話の内容を詳しくは報告できません。どこかでぜひ一度お聞き下さい。本朝の出席者。30社31名でした。ありがとうございます。ところで、横北の会員の皆様。コメント10件目標です。宜しくお願い致します。



いつもの役員朝礼。幹事の方!6時からですからご出席下さい。


受付風景。今朝は、新しく来られた方がお一人。


進行。久木田亘会員。昨年度まで副会長、ご苦労さまでした。


朝の挨拶。松沢美智子幹事。


会長挨拶。山岸久美副会長。

最近殺人が多いが、犯人は身内でお金に絡んだ理由が多いという。そんな世間で私ができることは、給料をしっかり払ってあげることか(笑) 月曜から金曜まで職場の教養を使って朝礼をしている。私が出席する月曜日は、万人幸福の栞を斉唱している。来年2月で引退するが自分が会社に何を残せたかと考えると、その習慣を残せたことではないか。私以外は、40歳代以下の会社。だからこそ教育が大事。今の若い人とは言葉が通じない。30代の社員を富士研に研修に行かせた。これが続けば少しは違うと思う。普及ももっと急ピッチで進めなくてはと思う。



講話。倫理研究所法人局 小林桂子参事。題は、「倫理の実践と普及」


私が嫁いだ先は、義母が社長でどんと座り義父が部屋を掃除するような家庭だった。義母には一生懸命従ったがとんでもない人だった。子供ができても(仕事ができなくなるから)堕して来いと言われたり、「おまえはこの家に仕事をするために来たのだから実家には帰るな」などという人だった。しかしこの義母がある時倫理に触れ大きく変わった。そこで、義父、夫も倫理に通うようになった。義母は、「桂子、今日は良いことを聞いてきたよ」と言って私に話した。

しかし、それは私にそのことをさせようとしてのことだった。私も言われて朝の会に出席するようになったが、そこで気付いたことは、義母は人に言うばかりで自分では実践していない、という事だった。だから私は反発した。そんな自分の態度から、子供に反映して、子供が登校拒否するようになり、悪いことを始める様になった。義母からは、お前の子はなんだと厳しく咎められるようになった。娘の非行はエスカレートし、迎えに来た男の子のバイクで度々出かけるようになった。私は、困り果てた挙句、こんな事なら娘が死んでくれれば良いのにと思った。すると娘が交通事故。脳挫傷で助からないという警察からの電話だった。慌てて飛んでいくと頭が割れて脳髄もでて医者からは持たないだろうという事だった。奇跡的に意識が戻って、今度は娘が頭が痛いと大騒ぎをしだした。私は、娘の頭を抱いて「お母さんが悪かった」と謝り泣いた。すると自分の頭に強い頭痛を感じた。その後頭痛が続いた。夫や義母も病院に来るが、倫理の集まりがあるからとさっさと帰っていった。


とんでもない夫、義母。何が倫理だ!と思った。母はすぐに指導を受けろという人で今回のことも倫理の指導を受けてから病院に戻って来いと言われた。こんどこそ倫研の先生に義母がとんでもない人だと言いつけようと思って駆け込んだ。しかし倫研の先生は義母の言うとおりにしなさい。義母に謝りなさいとの事だった。悔しい思いがいっぱいあったが、義母に土下座して謝ると私の頭痛も消え、娘の頭痛も消えた。虎ノ門病院に転院することになった。ところが、娘の大怪我はいつの間にか治癒していた。娘は一度退学を言い渡された高校に再び行きたいと言い始めた。いろいろな事があり復帰が許可された。


その後も、娘は後遺症(鼻の神経が痛んでしまい匂いを全く感じなくなった)が良くなったり。自分も倒れて黒い血の塊を吐いたが一晩寝て直りかえって強い気を発するようになったりと、信じられないような事が起こった。倫理を実践していると不思議なことが起こる。苦しんでいる人に倫理をお勧めしたい。



連絡事項 荻原潔副専任幹事


☆初めての方。樋口様。内田さんのご紹介。☆本日は、秋津しきなみです。☆昨晩、幹部研修会があった。6名?参加。☆12日の忘年会は、35名の申込。などの連絡がありました。

誓いの言葉。甲斐紀和子幹事



地下のレストランに移動して朝食会です。



来週は、女流講談師 神田昌味様です。お楽しみに。どうぞお誘い合わせの上お越し下さい。


2007年12月2日日曜日

第530回 横浜市北倫理法人会MS



12月1日(土)いよいよ師走です。忘年会などが多くなるこの時期みなさん体調には十分注意を!!本日の講話は「盲導犬クイールの一生」の写真家、秋元良平様です。

本日の役員朝礼です。右側3名以外はみんなカメラ目線になってました(笑)

受付風景。今日は男性陣が笑顔でお出迎えです。

進行は久木田さん。「ただの会員です!」の一言が大うけでした(笑)

朝の挨拶は松沢美智子幹事。いい間違いを鶴見のみなさんからご注意をいただき横北会員は緊張と笑いのなかでの輪読でした。で、写真撮るの忘れました^。

入会式。新しいお仲間です。紹介者は松原慶子専任幹事。

中村靖二さん。お仕事は投資関係。お住まいは少し遠いんですよね・・・。大阪なのです。(少しじゃないか、かなり遠いですね)横浜にいらしたらMSに参加してくださいね♪紹介者の松原さん、ステキな男性をご紹介していただき、横北女性会員を代表しましてありがとうございます(笑)

会長挨拶、小松俊一相談役。

14~15年前に初めて盲導犬との出逢いがあり日吉などで盲導犬の募金活動をされてるそうです。

本日の講話、(有)秋元良平写真事務所、写真家秋元良平様で「盲導犬クイールの一生」のお話です。

クイールが生まれたのは1986年6月25日。今から21年前になります。秋元さんは畜産大学出身という事で犬の出産のお手伝いに行きその時生まれた中に、後のクイールがいたのです。クイールは盲導犬に向いていると感じる条件がありました。
性格がおっとりとしていて、慌てずドッシリした感じや、物音に過剰に反応しないところなどです。盲導犬になれるのは10頭中3~4頭しかなれないそうです。生まれた家からパピーウォーカーの家へ行き約1年で訓練所へ。盲導犬になる為に何回も別れを経験するのです。初めての訓練では何をしていいか分からず動けなかったクイール。段々慣れてきて色々な訓練を得て立派な盲導犬になりました。大事なことは「人と犬との絆」だそうです。クイールが盲導犬を引退したのは7歳のとき。10歳になりパピーウォーカーだったお家へ戻りました。残りの人生を穏やかに幸せに過ごしたクイール。白血病になり1998年家族に見守られる中永眠しました。秋元さんは「クイールから学んだ事は心です」とおっしゃいました。
写真での紙芝居形式の講話でしたが、もっと聞きたいと思いました。

連絡事項、荻原潔幹事。

研修委員のお知らせ、松沢美智子幹事。

12月7日(金)はNSです。行事が重なり出席者が少ないので参加できる方は是非参加してくださいね!

誓いの言葉、高橋幸子幹事。

本日の出席42社43名でした。秋元さんが、「こんなにステキな会の講話に呼んでいただきありがとうございました。」とおっしゃってました。今日はいつもよりもさらにボーっとしていたので写真の撮り忘れがあり反省してます。今日の報告は甲斐紀和子でした。ありがとうございました。


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