2011年8月22日月曜日

第692回 経営者モーニングセミナー 平成23年8月20日


【会長挨拶】 石河世津子 監査
皆さん、おはようございます。今日はおめでたいことから報告させていただきます。
横北は106社達成! おめでとうございます(パチパチ)。3万円の金一封もいただきました。そして、県も1766社を達成されました。おめでとうございます。
ところで、皆さんはお盆休みをいかがお過ごしになられましたでしょうか。お墓参りをされた方もおられると思います。そして、今日、このように皆が顔を合わせることができて何よりです。
実は、3年位前に10歳位年上の方に、“お変わりございませんか”とお聞きしたら“ありがとうございます。私にとって変わりないことが最高の幸せです”とご挨拶されました。
この年になると3.11以降、この「変わりない」という言葉が心に響くようになりました。皆さんも一日一日を大切にし、生きる喜びを学んでいただきたいと思います。
ところで、今日は、朝5時に起き、夜は20時までスケジュールが一杯です。夜は、エネルギーを発散する新入会員歓迎会があります。今からエネルギーを蓄えて、有意義な一日にしたいと思います。

【講 話】 日越ものづくり機構 副代表 宇円盤 幸(ウエンバンハン)様
【テーマ】 13歳でベトナム難民として来日して
【講話概要】
今回は、日越ものづくり機構の宇円盤幸様に「13歳でベトナム難民として来日して」と題して、難民時代の苦難をお話していただきました。
初めにベトナムのこととして人口は8600万人で、広さは日本の本州位であるとお話をしていただきました。生活はだいぶ良くなっていますが、当時は、海上に板を張り、生活をしていたそうです。ウエンバンさんのお父さんは漁業をされていたので、小さい頃は、マグロや海老、蟹を食べることが楽しみだったそうです。そして、ベトナムの人は、トランプが大好きだそうです。
1975年当時は、政情が不安定で、弾圧される事が多く、多くの方が難民として海外に脱出されたそうです。ウエンバンさんも小学校3年生の時にお父さんと1回目の脱出を試みたそうですが失敗したそうです。その後、何度も繰り返し試みたそうです。11回目の時、アメリカのタンカーに助けられて成功し、日本に来る事が出来たそうです。その時は、小さな舟に43人が乗り込み、何日もの間、食べるものもなく、一日ペットボトルのキャップ2杯の水で耐えたそうです。タンカーの発見が一日遅れていたら全員亡くなっていたそうです。
その後、アメリカなど欧米に行くか、日本に残るかの選択があったそうですが、ウエンバンさんはベトナムに近いこともあり、日本に残る事にしたそうです。日本での生活は大変だったみたいですが、周りの方々の支えもあり、製造業に就き、技術を身に付けられたそうです。今は、日本に帰化し、今までの恩返しとして日本とベトナムの掛け橋になろうと「日越ものづくり機構」の副代表をして頑張っておられます。これからも頑張ってください。

【連絡事項】
・普及拡大の報告
 お蔭様で、106社達成しました。皆様のご協力に感謝申し上げます。
 引き続き、仲間を増やしたいと思いますのでお声掛けをお願いします。
・役員会の報告
 平成24年度の役員と組織が説明されました。
 指名をされた方は、よろしくお願いします。
 また、9月9日に役員辞令交付式がありますので、出席をお願いします。
・幹部研修のお知らせ
 8月26日18時30分からグレイスホテルで幹部研修があります。
 今年度最後の研修ですので、一人でも多くの方のご参加をお願いします。
・暑気払いの報告
 8月20日(土)驛の食卓(横浜ビール)で新入会員歓迎・暑気払いを行ない、36名の方に参加していただきました。
 新入会員さん、久しぶりの方にも参加していただき、楽しく歓談ができました。
 時間も太田社長の計らいで1時間延長させていただきました。
・本日の出席者は38社39名でした。

【次回のご案内】
日 時 8月27日(土)6時30分~
講 師 (社)倫理研究所法人局法人アドバイザー 三上忠男 様
講 話 感謝の心が人生を変える

【コメント】
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12 件のコメント :

  1. 自分の国に住めずに外国に脱出せずにいられない事は本当に不幸なことです。
    それでも家族の幸せのために命を張って最後まで生きる事を諦めなかった父親の勇気と信念は凄いと思いました。
    世界中にこの様に間違った政治の為に難民が後を絶ちません。日本も違った意味で日本を脱出せざるを得ない人達がおり、日本が空白になるのではと心配です。

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  2. ブログアップ、ありがとうございます。
    ウエンバンハンさんの難民として、日本に根付くまで、言葉では言い表せないほどの多くのご苦労がおありだったことを思うと胸が苦しくなりました。ベトナムと日本の友好のかけはしになって、ご活躍されることと、ご家族のお幸せを心からお祈りします。

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  3. ベトナム、難民、・・という言葉はよく耳にしますが、具体的に聞いたのは初めてでした。諦めないで何度でも脱出を試みるエネルギーの凄さに関心しました。キャップ2杯の水で耐える精神力に関心しました。日本人から消えた凄さですね。
    今一度、生きるためのエネルギーを呼び起こしたいものです。

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  4. 難民の方の話をきくのは始めてですがすさまじい体験だったんですね、

    おとといの日曜日に丁度TVでソマリアでの政情混乱での殺戮と大干ばつで命からがら村を脱出して何日も裸足で、しかも飢えで子供を失い、残った子供を抱きやっとのおもいで難民キャンプについた母親、、、、、
    切ないですね

    今朝ブログをみたら、なんと真っ先に山岸会長のコメントがはいってました
    可愛い岩谷さんのブログUPのご苦労に御姉さまの気遣い、、、なんとお優しいことだこと。。。

    石河副会長さん本当に長い一日になりましたね、おつかれさんでした。

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  5. 岩谷さん、ありがとうございます。

    朝食時ウエンバンハンさんと隣でしたので色々お話させていただきました。
    あったかい人柄の方だなぁと感じました。

    暑気払いは多くの方に参加いただきありがとうございました。
    34名の参加でした。

    新入会員のみなさん、楽しんでいただけましたか???
    「横北に入ってよかった!」っと思っていただけましたか?
    それとも・・・・・・!?

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  6. 岩谷さん、いつもありがとうございます。

    甲斐さん、皆さんきっと「よかった」と思ってますよ。根拠は無いけど・・・。
    今回の暑気払いの、収穫は、藤塚さんの「うらら・・」でしょうか?次回へ向けての目標は、独身時代、マイクを離さなかったという、小川さんに一曲歌ってもらうこと。忘年会へ向けて、口説こうと思います。

    学生時代、ベトナムからの留学生、ラ・バン・アン君と同級生でした。サイゴン陥落の後、しばらく日本にいて、苦労して、アメリカに渡り、家族とも再会できたと、風の便りに聞きましたが、今は、音信不通です。どうしてるかなぁ。

    常念さん、次回のMS時に、JR九州のCM、ご覧に入れます。お楽しみに。

    ではまた。

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  7. ベトナムが身近になりました。

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  8. 岩谷さんいつも有難うございます、
    地球の上で困難な思いをしている人が沢山さんいる事を実感したお話でした。有難うございました。
     生山さん コメントの 常連になってくれて有難うございます。短いコメントがなんともいいですね。

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  9. 石河 世津子2011年8月25日 10:50

    ウエンバンハンさんからのモーニングから始まり長い一日、有意義な一日だったと思って頂ければ最高ですが・・・

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  10. タカハシサチコ2011年8月26日 11:29

    今、MSのコメント拝見しました。遅くなりました。
    岩谷さん、いつもありがとうございます。

    夏休みで、関西に行っていました。30年近く前に住んでいた箕面市にも行って、故郷に帰ってきたような懐かしさを感じてきました。

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  11. 岩谷さん いつもブログ作成ありがとうございます。

    ウエンバンサンさんの話は 衝撃的な内容ですが、そのつらさを感じさせないのは、彼の人柄でしょうね。

    日本で習得した技術を、母国で生かしたいという志に打たれました。

    良い話が聞けました。ご紹介いただきました、園部さんありがとうございました。

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  12. 皆さん、多くのコメント有難う御座います。
    宇円さんにも見せました。感激していました。

    私事ですが、中堅メーカーに長く居た経験から、衰退しつつある日本の中小ものづくり企業を救えるのは、ベトナムとの協業だとの想いから活動を始めました。

    宇円氏のプロデューサーとしては、
    日本に20年以上いて大学も卒業しているのに、炭をタンと発音したので、まだ指導が足りないと反省しました。諦めずに日本語の会話とビジネス能力向上の手助けしようと思います。今後も暖かいご支援をお願い申し上げます。

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